若い者までが・・・
沖縄旅行で知ったことですが、若い者まで遊女を自宅に引き入れるものがいたそうです。
家妻にない魅力を遊女の中に見出していたからです。
しかし、ままならぬ大和世の憂さ晴らしという、大和世(薩摩侵入による)に抵抗する気持も加わっていたのでしょう。
遊女の中には、大和人とのつきあいで、和歌、和文和語を身につけることもできました。
王府勤めの役人からも、唐人からもその教養を吸収することができました。
こうして身につけた教養のほこりから彼女はその相手の客をえり好みした。
こうして、彼女たちは管絃の遊びの相手として、民間の婦女にない芸術的な一面もあったそうです。